子の嫡出否認に際して、父母双方の本国法がいずれも嫡出否認を認める必要がある(通説)とした一事例。
東京家裁令和3年1月4日家事第3部審判・同2年(家イ)第8523号・嫡出否認申立事件 #
弊所の取り扱い事件ではなく、外国人事件についての先例価値があるものとして掲載しています。
主文 #
- 申立人が相手方の嫡出子であることを否認する。
- 手続費用は各自の負担とする。
理由 #
第1 申立ての趣旨 #
主文第1項同旨
第2 当裁判所の判断 #
1 本件調停委員会における調停において、当事者間に主文同旨の合意が成立し、その原因について争いがない。 2 認定事実 本件記録及び関係記録によれば、以下の事実が認められる。 (1)相手方(日本国籍)と母(フィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)国籍)は、平成25年12月14日、婚姻した。 (2)相手方と母は、平成27年×月×日に長男をもうけた後、性関係を持たなくなった。 (3)母は、平成31年からDと性関係を持つようになり、申立人を懐胎した。 (4)母は、申立人の懐胎が分かった後、令和2年4月14日、相手方と離婚した。 (5)母は、令和2年×月×日、申立人を出産した。 (6)申立人は、当庁に対し、令和2年12月4日、本件調停を申し立てた。相手方は、同月23日の調停期日において、申立人について嫡出否認を希望する旨を述べた。 (7)DNA鑑定の結果によれば、Dの申立人に係る父権肯定確率は99・999998%であり、Dが申立人の生物学的な父であると判断されている。
3 判断 (1)国際裁判管轄 本件では、相手方の住所が日本にあることから、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる(家事事件手続法3条の13第1項1号、人事訴訟法3条の2第1号)。 (2)準拠法 ア 嫡出である子の親子関係の成立については、夫婦の一方の本国法で子の出生の当時におけるものにより子が嫡出となるべきときは,その子は、嫡出である子とされる(法の適用に関する通則法28条1項)。 イ 本件において、申立人が相手方の嫡出子であることが否認されるためには、〔1〕相手方と母が婚姻していたことから、父とされる相手方の本国法である日本法及び母とされる母の本国法であるフィリピン法のいずれかにおいて嫡出である子の親子関係が認められ、かつ、〔2〕その法に基づき嫡出性を否認することが可能であることが必要である。 (3)日本法 相手方の本国法は日本法であるところ、日本法においては、父母の離婚後300日以内に出産した子は嫡出の推定を受ける(民法772条1項、2項)。 しかし、相手方と母が平成27年頃から性関係を持つことなく、また、Dが申立人の生物学的父親であるというDNA鑑定の結果がある。また、嫡出否認の調停は、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起されなければならないが(民法777条)、申立人の出生から1年が経過していない。以上に照らせば、日本法の下では、申立人が相手方の嫡出子であることは否認されるべきものである。 なお、民法775条においては、嫡出否認の訴えは、夫から子又は親権を行う母に対する訴えによって行うこととされているが、家事調停における合意に相当する審判は当事者間に申立ての趣旨のとおりの審判を受けることについて合意が成立していることが要件とされており(家事事件手続法277条1項1号)、人事訴訟において嫡出否認が行われる場合とは異なって、相手方においても嫡出否認を求める意向を有していなければ行えないものであるから、嫡出否認の調停を子又は親権を行う母が申し立てたとしても、合意に相当する審判を行うことができるものというべきである。 (4)フィリピン法 母の本国法はフィリピン法であるところ、フィリピン法においては、父母の婚姻中に懐胎又は出生した子は嫡出子とされる(フィリピン家族法164条1項)が、子の出生前の300日間のうち最初の120日間に夫と妻との性交が夫婦の別居により物理的に不可能だった場合(同法166条1項b)や科学的に夫の子であり得ないことが証明された場合(同条2項)には、夫等は、出生の事実を知ったか身分登録所における登録の時から1年以内に提起する嫡出否認の訴えによって嫡出性を否認することができる。 Dの申立人に係る父権肯定確率は99・999998%であり、Dが申立人の生物学的な父であるというDNA鑑定の結果によれば、申立人が相手方の子であり得ないことが科学的に証明されたといえる。また、申立人の出生から1年が経過していない。 フィリピン法においても嫡出否認の訴えは夫からされるものとされているが、我が国においては、嫡出否認の調停を子又は親権を行う母が申し立てたとしても、合意に相当する審判を行うことができるということは上述したとおりである。したがって、「手続法は法廷地法による」との国際私法上の原則により、相手方において申立人が嫡出子であることを否認することを希望する意思を示している本件では、この要件も満たされているというべきである。 したがって、フィリピン法の下でも、申立人が相手方の嫡出子であることは否認されるべきものである。 (5)よって、本件調停委員会を組織する家事調停委員の意見を聴いた上、当事者間の上記1の合意を正当と認め、主文のとおり審判する。 (裁判官 村井壯太郎)
メモ #
父母双方の本国法により、子が嫡出推定を受ける場合における嫡出否認の準拠法 #
通則法28条が選択的連結を採用したのは嫡出親子関係の成立が認められやすくするためであるから、父母の本国法のいずれかの下で嫡出親子関係が成立している場合には、嫡出親子関係の成立が認められるべきであるから、嫡出否認は、父母双方の本国法がいずれも嫡出否認を認める場合にのみ認められる(通説・判例とされる。名古屋家審平成7年1月27日家月47巻11号83頁、水戸家審平成10年1月12日家月50巻7号100頁)。